フィルとヨハン

 ロックやポップミュージックを聞く時に、メロディーや歌詞という以上に、サウンドに心を奪われる、ということはないでしょうか。つまり、ボーカルやコーラス、楽器の組み合わせやアンサンブルが織りなす世界に。
 例えば、1960年代に活躍したプロデューサーのフィル・スペクターは、ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』やライチャス・ブラザーズの『ふられた気持ち』など、きっと誰もが聞いたことのある多くのヒット曲を手がけました。
彼が多重録音によって作り上げたサウンドは独特で、『ウォール・オブ・サウンド音の壁)』と名付けられました。
 
 ワールドカップを見ていると、ブラジル、アルゼンチン、ドイツなどの強豪国には、その国独特の雰囲気がサッカーのプレーにも漂っているようです。
 個々の選手の特徴や配置などから醸し出されるのでしょうが、リズムの要素も伴ったその雰囲気から、私はサウンドに惹かれるのと同じ気持ちを味わいます。
 昔からそれぞれの国のサッカーが、サンバやタンゴのような音楽に例えられてきたのも、さもありなんと思わされます。ドイツの場合は、さしずめ交響曲といったところでしょうか。

 ブラジルは国内でこき下ろされているようですが、得点に絡むシーンでスイッチが入った瞬間にリズムがどんどん速くなっていく攻撃は、ブラジル独特のスタイルと言っていいでしょう。
 
 近年の不振から、育成を根本から問い直したドイツは、技術的に優れた若手を早々と生み出し、結果に結びつけました。2年前の欧州選手権決勝で敗れたスペインから多くのことを学び、それでいながら、一人一人には、走力や高さといった身体能力、簡単に折れない精神力の強さといった、ドイツの伝統は失われていない、過去には考えられないほどの魅力的なサッカーを繰り広げました。準決勝で敗れたあと、悔しそうにうつむくシュバイン・シュタイガーの姿から、その試合に賭けていたものがどれほどのものだったかをうかがい知ることが出来ます。

 さて今夜はいよいよ決勝戦
 スペインもオランダも初優勝を目指すわけですが、どちらにももちろん独特の雰囲気があります。
 
 この2国のサッカーを語る上で、ヨハン・クライフを欠かすことはできません。
 74年西ドイツワールドカップにおける彼は、前に出てボールを奪うプレッシングと、チャンスとなればポジションに関係なく流動的にからむ全員攻撃でセンセーションを巻き起こしたオランダ代表の核でした。今までよりも勝負へのこだわりを見せている今回のオランダですが、前の3人とスナイデルらが作り出す攻撃は、その流れをくんだオランダらしいものです。

 そして選手、監督として活躍したスペインのバルセロナでは、クライフはいまだに影響力のあるカリスマです。現在の監督グラウディオラは、クライフが監督をしていた時代の中心選手で、言わば愛弟子。現在のスペイン代表のサッカーはそのバルセロナのスタイルをそのまま持ち込んだようなものです。
 
 基本となるシステムは両チームとも4・3・3。
 オランダが左利きのロッベンを右サイドに置くのは、バルセロナからの逆輸入といったところでしょうか。
 スペインはシャビを中心にショートパスで崩す形。ドイツ戦の後半あたりから調子はかなり上がってきています。対するオランダはなんと言っても、FW3人とスナイデルの破壊力。

 フィル・スペクターは偉大な人物ではなかったかもしれませんが、そのサウンドは多くのミュージシャンに影響を与え、多くの素敵な曲が生まれるきっかけとなりました。
 クライフのサッカーの信奉者は世界中にいるようですが(チリ代表のビエルサ監督もその一人。日本代表の…なんて噂もちらほら耳にしますが)、この決勝後に、さらにその影響が広がり、優れた監督やチームがでてきたら、またまた楽しいことになりそうです。

 さてさて、結果やいかに?