道の向こう

仕事で、半年ぶりに東北に来ています。
昨年、日本全国、あっちこっちからやって来て建てた、仮設住宅のちょっとした手直しが今回の仕事です。前回との一番大きな違いは、その仮設住宅にたくさんの人たちが、家族が、暮らしているということです。


僕は、昨年の夏に一週間ばかり滞在して、被災した場所を見て回って、この、言葉にできないような気持は何なんだろうとずっと思っていました。「この風景を見て、写真撮って、俺、何だっつんだろう」と、何とも言えない気持ちを感じていました。


にも拘らず、今日も仕事から戻ると、宿から車で20分ほどの石巻港周辺を見に行ってきました。ごく普通の街並みから、妙な違和感を感じて車中から辺りを見回すと、津波で多くのものを持っていかれてしまった場所に、自分がいることに気づきます。ずしっと、何かが突き刺さってくるような気持ちになります。


それで、またあの、変な気持ちになりました。


持って行かれた所と、大丈夫だった所。道のあっちのお店が崩れていて、道のこっちのガソリンスタンドで、僕は給油してる。
ローソンやセブンイレブンのレジのお兄さんやおばちゃんは、ちょっとだけイントネーションが違うだけで、うちの方の近所のコンビニと何も変わりません。学校サボってプラプラしてるお兄ちゃんもいるし、スマホを顔の前でいじくりながら町を歩いている女の子もいます。


仮設に暮らす人々もいろいろ。
いい人もいるし、無愛想な人もいる。やたらとお菓子を僕らに持たせたがるおばちゃんとか、猫に洋服着せてるおじさんとかもいます。きれいな奥さんも、そうでもない奥さんもいるわけです。集会場では、子供たちがテーブルを囲んで何か楽しそう。僕の子供が保育園に通ってた頃に見た風景と何も変わりません。


一年前に被災した方々は、何も特別な人たちじゃなくて、日々を暮らすごく普通の人たちだったって事を、僕は今さら、ようやく気づかされました。





ずっと向こうの方までがらんとした場所に立って、物見遊山でカメラを構えている僕は、もしかしたら、大切な家族を失って途方にくれている僕だったのかもしれないのです。僕の住んでいる場所は、道のこっちではなくて、あっちだったのかもしれないのです。

あっちにいても、むしゃくしゃしたり、ケンカしたり、どってことないことにふと笑ったりしながら、暮らしてたんだと思います。こっちの僕と同じように。


この仕事が終わったら「ただいま」とうちに帰って、また「掃除しろよ、いい加減によー」とか「今日の試合どうだった?」とか言います。息子に怒られたり、かみさんに叱られたりします。そうやって、また毎日を普通に暮らして行きます。「てびサル、どうすっかなあ?」とか考えながら…。


そんな勇気を、僕はここでもらいました。